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東京地方裁判所 平成3年(ワ)5853号 判決

原告

株式会社オールコーポレーション

右代表者代表取締役

小嶋清一郎

右訴訟代理人弁護士

窪田一夫

被告

右代表者法務大臣

宮沢弘

右指定代理人

榮春彦

外四名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  申立

被告は、原告に対し、金三億円及びこれに対する平成三年六月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、被告の公務員である登記官が、不動産の抵当権設定仮登記及び賃借権設定仮登記の抹消登記請求訴訟事件について、その予告登記とするところを誤って朱抹して、右設定登記の抹消登記手続がなされたかのような記載を作出したため、右不動産を担保として金一四億三〇〇〇万円を融資した原告が、先順位の担保権者が存在したことにより右不動産の競売事件において配当を受けられなかったとして国家賠償を求めた事案。

第三  争いのない事実及び証拠上容易に認められる事実

一  被告は、登記に関する事務を司るものであり、右は公権力の行使にあたる(争いなし)。

二  被告の公務員である甲府地方法務局登記官坂本和恵は、平成二年六月一三日、別紙物件目録一記載の土地及び同目録二記載の建物(以下、それぞれ「本件土地」「本件建物」という。)について、東京地方裁判所民事第二六部から東京地方裁判所平成二年(ワ)第六六四二号土地建物所有権移転登記等抹消登記請求事件における住健共栄協会株式会社の有する左記各仮登記(以下「住健共栄協会各仮登記」という。)の抹消予告登記の嘱託を受けたにもかかわらず、登記目的を「仮登記抹消」と記載し、住健共栄協会各仮登記欄に朱線を引いて、右各仮登記が抹消されたかのような外観を作出した(以下「本件過誤登記」という。)(争いなし)。

(一)  本件土地について

(1) 平成元年一二月二日受付第四〇八七七号抵当権設定仮登記

(2) 同日受付第四〇八七八号条件付賃借権設定仮登記

(二)  本件建物について

(1) 平成元年一二月七日受付第四一五三二号抵当権設定仮登記

(2) 同日受付第四一五三三号条件付賃借権設定仮登記

三  原告は、平成二年七月三一日、以下の各契約を締結した。

1  金銭消費賃借契約(以下「本件融資」という。)(甲一の一、二、甲六ないし九、証人鈴木)

(一) 貸主 原告

(二) 借主 訴外株式会社オリンピック(以下「オリンピック」という。)

(三) 連帯保証人 訴外株式会社アポロエステート(以下「アポロエステート」という。)

(四) 貸付日 平成二年七月三一日

(五) 貸付金額 金一四億三〇〇〇万円

(六) 最終返済日 平成三年七月二六日

2  (共同)根抵当権設定契約(甲二の一、二)

(一) 根抵当権者 原告

(二) 担保物件、所有者及び根抵当権設定者

(1) 本件土地 オリンピック

(2) 本件建物 アポロエステート

(三) 債務者 オリンピック

(四) 極度額 一八億六〇〇〇万円

(五) 登記 平成二円八月一日受付第二四三八一号根抵当権設定登記

四  その後、本件過誤登記に気づいた登記官自らによって、本件土地建物の登記簿乙区該当欄の欄外に、本件土地については「壱六番、壱七番朱線誤り」、「壱九番登記目的誤り、壱六番、壱七番仮登記抹消予告登記」、本件建物については「参番朱線誤り」「四番朱線誤り」、「五番登記目的誤り、参番、四番仮登記抹消予告登記」とそれぞれ記載し、本件過誤登記の記載は「抹消予告登記」であることが附記されるに至った(甲三、甲四)。

五1  住健共栄協会は、オリンピック及びアポロエステートを被告として、平成三年三月一一日、東京地方裁判所に対し、本件過誤登記によって抹消されたかのような外観を呈するようになった住健共栄協会各仮登記の回復登記手続請求訴訟を提起した(争いなし)。

2  右訴訟において住健共栄協会は、オリンピック破産管財人桃尾重明及びアポロエステートの間で本件各仮登記に基づいて本登記にするとの内容の和解を成立させた(甲一三)。

六  本件土地建物の平成三年(ケ)第八四号競売事件における売却価額は二億二二〇〇万円であり、そのうち申立人である原告への手続費用一七〇万二一〇四円を除いた二億二〇二九万七八九六円が住健共栄協会に配当された(甲一二の一)。

第四  争点

原告の主張する損害は本件過誤登記に基づくものとして、被告は賠償する責を負うか。

第五  争点に対する当事者の主張

一  原告の主張

1  原告のオリンピック及びアポロエステートに対する本件融資と根抵当権設定は、本件過誤登記を信用して、先順位担保権者である住健共栄協会の各仮登記は抹消されたものと誤解して行ったものである。よって、原告は、第一順位の担保権者であったならば得られたであろう配当金二億二〇二九万七八九六円の損害を被り、右損害は、被告の本件過誤登記と因果関係がある。

2  そして、本件過誤登記の登記欄に朱線が交差されており、登記目的が「仮登記抹消」と記載されている以上、本件過誤登記は、抹消予告登記の表示の誤りに留まらず、抹消登記そのものであり、従って、通常人であれば、当然に何の疑いもなく、住健共栄協会各仮登記が抹消されていると確信するのが自然であり、また、本件取引には、登記の専門家である脇谷司法書士が立ち会っており、同司法書士も、住健共栄協会各仮登記が抹消されていることについて、何ら疑問を挟んでいないのであるから、原告が、本件過誤登記を信用したことについてはなんら落ち度はない。

二  被告の主張

1  原告は、不動産担保金融その他金融並びに保証及び仲介業務等を目的とする株式会社であり、その業務内容が金員貸付に関するものであるから、根抵当権を設定するについては、担保設定者から従前の権利関係の説明を受けるとともに、自らあるいは司法書士を代理人として関係登記簿を閲覧し、さらに現地も調査するなどして、当該不動産の担保価値を確認した上で貸付を実行するものである。

特に本件ではオリンピック及びアポロエステートとの取引は初めてであり、また、貸付金額が一四億三〇〇〇万円と多額であることからすれば、当然に先行する担保権等の有無、内容につき十分な注意を払ったであろうし、また払うべきである。

そして、本件では、担保設定者であるオリンピック及びアポロエステートからの説明をうければ容易に先順位抵当権者が存在していることが判明したことはもちろんのこと、登記簿を閲覧すれば、登記原因が「訴提起」となっており、右登記原因の記載方法が予告登記の方法であり、これに対して、抵当権の抹消登記の登記原因として一般に「解除」が記載されるものであることからすれば、一見して、本件過誤登記は予告登記であることが理解できるものであり、本件において先行する本件各仮登記欄にある朱線に対応するような登記原因を「解除」とする抹消登記が存在しないこともまた明白であるから、原告としては、遅くとも金銭貸付契約及び根抵当権設定契約の各締結時までには、本件記載が予告登記であること及び右朱線が抹消登記に対応する朱線でないものであることを認識し、あるいは十分予見できる状況にあった。

とすれば、原告としては、右各契約時点において、自己に優先する担保権者が存在することも認識していたか、そうでないとしても、先順位の担保権者が存在することにつき無視しえない過失があったというべきである。

2  以上により、原告の損害は、原告の故意または過失に起因するものであるから登記官の行為と因果関係のある損害とは認められないし、もし因果関係が存在したとしても相当の過失相殺がなされるべきである。

第六  争点に対する当裁判所の判断

一  本件過誤登記と原告の貸付け行為との間の因果関係について、右争いのない事実及び各所掲記の証拠により以下の事実が認められる。

1  原告は、不動産担保金融その他金融並びに保証及び仲介業務、不動産の売買及び賃貸並びにそれらの仲介の事業活動を設立の目的として、昭和五二年二月三日に設立された株式会社であって、不動産を担保として多額の融資を行っている専門業者である(乙一三、証人鈴木)

2  原告は、オリンピックに対して、平成二年七月三一日に本件融資を実行しているが、本件融資がオリンピック及びその連帯保証人であるアポロエステートに対する初めての融資取引であった(証人鈴木)。

本件融資は、その実行の一ヵ月ほど前に訴外東海銀行高田馬場支店から紹介を受けて検討を始め、融資目的は本件土地建物を含む不動産(ホテル二棟)(以下「本件各不動産」という。)の新規購入資金として原告が訴外総合ファイナンスサービス株式会社(以下「総合ファイナンス」という。)から借入れた借入金の返済等に当てるためのもので、その紹介を受けた際に、前記ホテルに関する従前の経営者の収支計画表、オリンピックの決算書類等のほか、本件各不動産の登記簿謄本を含め、関係資料を原告取締役、協定融資課部長である上野好彦(以下「上野」という。)が受領し、検討を始めた(証人鈴木、弁論の全趣旨)。

3  本件融資を担当していた原告の協定融資課所属の訴外鈴木伸二(以下「鈴木」という。)は、オリンピックの代表者から本件各不動産を担保物件にするという説明を受けた(証人鈴木)。

しかしながら、鈴木、上野及び原告の調査課の者は、いずれもオリンピックに対する新規融資を決定する前に、本件土地建物の入手済の登記簿謄本を見て担保物件として適当であるか否かを検討した際に、住健共栄協会各仮登記の登記事項欄(本件土地につき乙区壱六番、壱七番、本件建物につき乙区参番、四番)に朱線が交差されており、また、登記原因として「仮登記抹消」(本件土地につき乙区壱九番、本件建物につき乙区五番)と記載されていたことから、間違いなく住健共栄協会各仮登記が抹消されていると速断し、オリンピックの代表から先順位の抵当権が抹消済であるという説明を受けなかった(証人鈴木)。

4  鈴木は、「平成弐年六月壱日東京地方裁判所訴提起」(本件土地につき乙区壱九番、本件建物につき乙区五番)の記載については、すでに本件融資が全社的に判断した融資内容であったため、本件融資の実行に際しては何ら検討せず、オリンピックその他に問い合わせをしようともしなかった(証人鈴木)。

二  以上の事実を総合すれば、原告は、本件過誤登記の登記原因として記載されている「訴提起」との記載について特段の注意を払わずに、主に住健共栄協会各仮登記欄に朱線が交差されていたことから、それらが抹消されていると判断したものであると認めることができる。

そもそも、不動産登記簿に登記をするには登記原因を記載することが要求されており、予告登記の場合には「訴提起」との登記原因が記載されており、抵当権等が抹消される場合の登記原因が解除による場合は「解除」の抵当権消滅の原因による登記原因が記載され、判決によって抹消される場合で登記原因が不明のときにおいても「判決」に基づく抹消であることが明らかにされる。

三1 本件過誤登記の登記原因としては「平成弐年六月壱日東京地方裁判所訴提起」と記載されており、当該記載方法が予告登記の際になされる記載方法であるということは、不動産担保融資を業としてきた原告には当然に認識できていたものと解するのが相当である。

すなわち、融資業務をなすものは、融資をする際には、融資先の返済能力及び担保の有無等に注意を払うべきであり、特に本件においては、初めての融資先であること、本件土地建物に今まで数多くの担保権の設定、消滅が繰り返されていること、本件融資によって先順位抵当権者(総合ファイナンス)への借入れを返済してその抵当権を抹消しようとしていたこと、また融資額が一四億三〇〇〇万円と多額であること等から、慎重に融資先の返済能力及び担保物件の帰趨を検討すべきであり、さらに、原告は、本件融資実行以前に本件過誤登記の登記原因として「訴提起」と記載されていたことを認識していたのであるから、当然に登記の体裁とその登記原因との齟齬について検討し、オリンピックその他に問い合わせをしてその点につき確認すべきであったのであり、実際のところ、オリンピックその他に問い合わせれば容易に本件過誤登記が実態と合致せず、本件各仮登記が未だ抹消されていないことが判明したと考えられる。

それにも関わらず、原告は、その点について何ら検討していないのであるから、原告は、不動産担保を業とするものに課せられた最低限の注意義務を怠ったものとして重大な過失があるというべきである。

2  原告は、本件過誤登記を抹消予告登記の表示の誤りにとどまらず、抹消登記そのものであると主張するので、この点について検討するが、本件過誤登記の結果、住健共栄協会仮登記欄が朱抹されていることは、登記手続が実体の真偽を調査することなく、「表示」の審査にとどまるものであることに鑑みれば、原告主張のとおり、仮登記の抹消登記手続そのものがなされていると評価できないことはないが、本件過誤登記の登記原因として、前記認定のとおり、「平成弐年六月壱日東京地方裁判所訴提起」の記載がなされているのであるから、右登記原因の記載による登記手続は抹消予告登記のほかは有り得ないことが一目瞭然であって、その登記欄全体から見れば、「抹消登記」の表示が予告登記の誤記に過ぎないことは明らかであり、これを抹消登記の表示と評価することはできない。

3  この点に関して、たとえ、原告主張のように、登記手続を依頼した脇谷司法書士が本件過誤登記についてなんら疑問を示さなかったとしても、そのことが、原告の過失を軽減するものではない。

4 以上から、原告が主張する損害が、原告が自らに課せられた注意義務を怠った重大な過失によって生じたものであると認めることができ、本件過誤登記と本件貸付との間には相当因果関係を認めることはできない。

5  なお、本件融資は、いわゆるバブル経済が崩壊する以前になされていることが認められるが、そのような経済状況のもとで原告も不動産担保融資を競合的、積極的に推進して行った結果、担保対象不動産の調査が不十分なまま融資を実行していたことさえ窺えるうえ、そもそも、本件融資の主債務者であるオリンピック及び連帯保証人であるアポロエステートは、本件融資以前の平成二年六月一日付けで住健共栄協会を被告として住健共栄協会各仮登記の抹消を求める訴えを提起していたのであるから(東京地方裁判所平成二年(ワ)第六六四二号所有権移転登記等抹消登記手続請求事件 乙一二)、右両名は、本件融資時には、未だ住健共栄協会各仮登記が抹消されずに存在していることを当然認識していたのであるから、本件融資の申込みの際には、原告に対して、本件土地建物には先順位の担保権者が存在し現在係争中である旨告知するべきであり、その点を告知さえしていれば、原告も本件過誤登記が実体と合致しないことを当然認識しえたものであり、原告の本件融資は、オリンピックが、本件過誤登記を巧みに利用して原告を欺き、それに気付かず実行されたものと解するのが相当であっていわゆる因果関係の中断と評価されるべきである。

第七  まとめ

よって、原告の請求はその余の点を判断するまでもなく理由がなく、棄却を免れないから主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官澤田三知夫 裁判官大熊良臣 裁判官川上宏)

別紙物件目録〈省略〉

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